「…健康に悪いと云っていませんでしたか」
 いきなりべったり抱きつかれて困惑している。
「うん?」
 ホールドアップ。
 制服の胸に押し付けた唇から出た声は、くぐもって妙に浮かれて聞こえた。
 揺れた髪が顎をくすぐる。まさか同じようにして返すわけにもいかず、挙げた掌の行き場はない。半端に曲げた肘も、どうにも間が抜けていた。
 それで、困っている。
「リッキーに。士官学校で。訓練係兵曹に抱きついたりすると。健康に悪い」
「するときみはおれの上官のつもりか?」
「ノー・サー」
 シーフォートは抱きついたままくすくす笑った。酔っ払っている。
「教えてやろう、ホルサー宙尉」
「イエス・サー」
「きみは<カレドニア>を蹴った。惜しいことをしたな」
「はぁ…」
「おれは<チャレンジャー>の指揮を任された。一緒に行くんだろう?」
 ブレントリー提督に、その旨願いは出してある。だから、あとはシーフォート次第だ。乗組士官の決定には、ある程度艦長の意向が反映される。
「サー。私は」
「きみはおれをサーと呼ぶ」
「イエス・サー」
「覚えておけよ、上官は、いいんだ。抱きついてもいいんだ」
 背中に回された両腕に力がこもった。
 上官は部下に抱きついても健康に悪くはないと云いたいらしい。
「イエス・サ」
「好きなら、抱きついてもいいんだ」
 さらに力がこもり、そうしてゆっくり離れて行った。
「どんなに嬉しかったか、きみにはわからないだろう」
 ゆったりとほほ笑んで、シーフォートは真っ直ぐに見上げてくる。その目がまぶしいものでも見るかのように、かすか、細められて。
「ありがとう、ヴァクス」
 パーティ会場のざわめきが、一瞬途切れた気がした。
 ふ、とはにかむように逸れていく。
 と、観葉植物の向こうへ、嬉しげに流れた。
「アレクセイ!」
 夢見心地の足取りで、つかの間二人きりの宇宙だった片隅をシーフォートは出て行く。
 制服やドレスがそれなりに注目するにもかかわらず、シップメイトのもとへ迷わず歩むシーフォートは、両腕を大きく広げていた。
 止めるべきか否か、判断がつかず、人目を逃れた片隅に、ホルサーは留まり続ける。
 帰還の祝賀会だ。少しばかり羽目を外しても、お偉方だって大目に見てくれるだろう。
 好きな者に抱きついて回るくらい。
 くすぐられたところがむずむずする。指先で払ったホルサーは、自分が笑っているのに気づいた。

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ヴァクス・ホルサー、ちいさなしあわせを大事にするおとこ。
来年はもうちょっと大きなしあわせを誰かがみさせてあげてくれるといいなと思う
N神さんとかYイヌさんとかが(笑)。
本年はサイトに遊びに来て下さったり、日記読んで下さったり、かまってくださったりしてありがとうございました、みなさまv
来年もかまってやってください。

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