贋作釣果無鯉草紙

2005年10月21日
 ”おつかい”から帰ると、こんな用事にかりだして…としきりに恐縮して頭を下げる番頭に出迎えられた。名目は”用心棒”だが、きちんとした見世である。そもそも己のような者を恃んで用心することがない。
 だから気にしなかった。なんの師なのか知らないが”先生”なんぞと揉み手で呼ばれ、昼間から酒を喰らって管巻く連中に雑ざって過ごすのはもうやめたのだ。届け物でもなんでも、ここで云い付かるのはまともな用事だと思う。
「だから俺は、別に構いませんよ」
「小僧でも遣ればよいと、私は申したんです…」
 苦笑いつつやめてくれと告げるのへ、目配せで誰の差配なのかを明かしてみせる。番頭が濁した語尾でちくりと刺されたらしい男は、気のない風に煙草を飲んでいた。
 格子を覗いて入ってくるわけにはいかず、裏からひっそり内所へ向かった。帳面をめくって主と何やら話していた番頭が、目ざとく声をかけてきて、座をしつらえてくれた。こちらの方が恐縮してしまいそうなものだったが、己で何をしたでもないに「ほぅらみろ、だからいいって云ったろう」と、苦い顔の番頭へ胸を張る男がおかしいので、固辞するのも馬鹿馬鹿しくてそのまま上がり込んだ。番頭の口振りからすると、見世の用ではなかったのかもしれない。
「ひょっとして、おまえの用事だったのか?」
 女名前の暖簾を掲げた小体な料理屋へ、届け物をしただけだ。言伝は見世の名だけだったが、それは主の名前である。私用に使われたのかもしれない。それでも別段、そこへは何も思わなかった。
「随分早かったな」
 返答は、大きく一服吸い込まれてからゆるゆる吐き出された、煙に巻かれて消えた。廓の主が囲った女に流里の外で料理屋を持たせる―――、いいか悪いか知らないが、そんなこともあるのかもしれない。
「手伝いの娘に、女将は留守だと云われた。それで」
「ああ、いい。どこぞで遊んででも来るだろうと思ったのに。なんでこんなに早く帰るんだか」
 訊かれたくないのかもしれない。
 興味を覚えなくはなかったが、強いて臍を曲げさせてこちらに得がある相手ではなかった。
「道草は食わん」
「勾引されたと騒ぎ立てられるようなタマでもあるまいに」
「そうだな」
「何処か行きたい所でもないのかよ」
「ない」
「したいことは」
「ない」
「…つまらん野郎だ」
 瞬時まともに射てきた眼は、すぐさまふいと逸らされた。云われる通りだから腹も立てない。望みはないのかと問われれば、あって叶っているから他にはない、と返すだろう。
「で」
 煙管の先と一緒に戻ってきた眼へ首を傾げると、人目を憚りでもするかのように、ひそめた声音で唐突に詰め寄られた。
「そりゃなんだ」
「…おまえ、時々恐ろしいな」
「あぁ? 誤魔化すな」
「誤魔化しはしないが…」
 ふ、と間合いを無くしてしまう。何を思う間もなく人差し指でとん、と胸を突く。そんなのは閨の女の仕草か、―――指先を刃に替えれば闇夜の人殺しのそれでしかない。
 昼と夜との狭間、鈴の音さえ未だ待つとも云えぬ時刻の、桃源とは呼ばれつつ、暮らしの匂いがそこかしこに滲む一人の男の居間だ。この時この場で為されたことでしかないのだから、この男はこの男でしかないということなのだろう。
 やんわりと身を引き、懐から覗いていた紐の先を引いて、小振りの錦の袋を取り出した。
「つかいの駄賃、か、な?」
 飾り紐に指を絡め気をとられた素振りで、せっかく避けたのに男は眼をきらめかせてにじり寄って来た。
「貰ったのか」
「貰った」
「何が入って」
 なんとなく逃げ腰になったところへ突如、声が響く。
「腹がすいた」
「っ、た」
 硬直して見上げる。対して男は振り返りもせずに、相変わらず錦袋を取り上げようと追い詰めてくる。
「飴玉でも舐ってりゃあいいだろうよ」
 それでも軽口は忘れないのが、羨ましいくらいだった。何しろびっくりしたし、胸がどきどきするしで、こちらは挨拶の舌も回らないのだ。
「そんなもので腹が膨れるか!」
 身軽な格好で現れた人は、ぷうっと頬を膨らませる。
「俺の知ったことじゃあ、ねェな。第一、腹をすかせたお職なんざ聞いたこともない」
「にっ、人間はな!起きて息をしていれば自然と腹がすくのだ!」
「人肌観音の腹がすくかねェ…」
「きさまッ」
「ま、なんでもいいがおおっぴらに云うことじゃない。馴染が減るからよして下さいよ、太夫」
「すくものはすくのだから仕方がないではないか!」
「台屋からなんぞ取り寄せればいいだろう。好きに食えよ」
 ちょっとつり上がった目の端にでも掛かれて、いじましくも胸がときめいた。だから、素っ気無い言葉を聞いてむうと曲がった口が、ほころんで、出てきた声に一も二もなく強く頷く。
「一緒に食べないか?」
 疎かになった手元から男に奪われてしまった錦袋は、この際もう、どうでもよかった。

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なんかお江戸の気分になったので、例の某楼を久しぶりに見に行っていたみたら、例のトラップが終わっていなかった。
終わってない!続き読みたい!
そんなわけで「続き読ませて!」気分で書いてみた。カタカナが使えないお話って難しいね。
つづきー。つづき〜。
雪の再会の後とか〜。つづき〜!!
は。しかしもしかして、終わりってアレなのかな。実写のヒーローが飛ばされる異次元空間みたいな、そこは日本なの?みたいな崖下のだだっ広い所に不自然に小屋が建ててあって、「憎しみではない。羨望だったのだ」とか呟きつつ抜け荷の火薬でドッカーンと爆発してしまうのかしら?!
何しろ敵は核爆発らしいので(笑)。

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