『福音の少年』
2005年10月11日(あさのあつこ/平成17年7月25日/角川書店)
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『結局、そうなんでしょ』
名前を呼ぶ声が聞こえた。
アキくん。
しかし藍子は決然と唇を引き結んでいた。
アキくん。
ふとした拍子に気付いていた、この顔。決意の堅さにもっと関心を寄せていたなら、何かが変わったのだろうか。
アキくん。忘れて欲しくない。
手を伸ばしかけて、身動きできない自分に愕然とする。俺だって、失いたいなんて思ってはいなかったんだ。
かわいそうだね。
―――さよなら。
藍子は身を翻して軽やかに駆けて行った。ならばこの、切実に、そのくせひどく甘く響く名は、いったいどこから。
アキくん。
「永見」
かわいそう。
「永見」
あなたはとてもかわいそう。
藍子。きみには。
「薔薇なんて似合わない」
「永見!」
藍子は言わなかった。薔薇を、とも、純白の百合をとも。
「明帆!」
―――ああ。
俺の名は美しかった。その声に呼ばれて。それが初めてわかった。だからそんな顔するなよと言ったら、お前は憮然とするのだろう。怪訝を作って問おうとする前に、俺はふきだす。
そうでなければ。
「…柏木?」
「あき…! 目」
アキくん。
藍子がほほ笑みを浮かべる。かわいそうだね。裏返して、あたしのこと言ってるんだろうって、思った?
そんなんじゃない。
「おまえ、柏木…」
「かしわぎ、じゃねぇ、どれだけ…ばかやろう!」
美しい声を紡ぎだす不遜な唇が、耐え切れぬようにわなないて拳の向こうへ隠される様を、なんて奇妙なと笑いとばそうと思った。なに、おまえ、そんな風に顔をゆがめて。まるで泣き出しそうに。
アキくん。
引き止めるより先に、俺は諦めたのだ。あの少女を。藍子は決然とわかれを告げた。俺はその意味にも気付かず呆然と彼女を見送り、あの男は縋り付いて、それでも彼女を取り戻すことなどできなかった。
かわいそうに―――って、その意味、わかった?
誰にもできなかったんだ。だから、おまえがそんな顔をすることはない。
「おじさん、永見、目ぇ覚ましたッ!」
悲鳴のようなそんな叫びですら、美しいと思った。福音をもたらす異国の預言者のような、麗しい声。
おまえの語ったことなら、忘れないでいられるような気がする。
「明帆、この」
「ぅわ、おじさん、ちょっと」
「…馬鹿息子が…ッ…!」
もう少しだけ―――。
ほんの少しでいい。この響きに身を任せていたい。
願った瞬間、頬を骨まで抉るような鋭い衝撃。跳ねた体が何かのチューブを引っ掛け、金属の転がる音と、ガラスの割れる音とがノイズになった。何が起こったのか理解しないまま、腕を振り上げて肩を大きく震わせる男と、その腕に必死の形相で取り付く少年とを見ていた。
アキくん。
―――かわいそう、って、ホントに思ってた。思わなくちゃいられないほど、あたしはあなたが好きで、そしてすごく、うらやましかった。
######
我洛さんちのぱそこちゃんをお借りして作業していたら、私が悪いのですが、独り言が激しいので(「ちょッ、だかッ、なん…ッ、このクソッ」等)、怒られた。
アタシが悪いんですけど。しくしく。
無事に出来上がったので、ついでに間借りしているフォルダの中のファイルの整理をしていたら感想文らしきものがでてきたので記念に貼っておきます。あさのさんにしてはのびた話であったと思う。それで、オヤジに殴られればいいんだ!と、思ったらしい。
思春期の子どもはちょっと手におえない。
あー。我洛さんちのぱそこちゃんのブラウザは平常だわー。なんでうちのめびうすくんはだめなのかなぁ。このぱそこちゃん、めびうすくんより年寄りらしいのですけども。
うぬぬ。
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『結局、そうなんでしょ』
名前を呼ぶ声が聞こえた。
アキくん。
しかし藍子は決然と唇を引き結んでいた。
アキくん。
ふとした拍子に気付いていた、この顔。決意の堅さにもっと関心を寄せていたなら、何かが変わったのだろうか。
アキくん。忘れて欲しくない。
手を伸ばしかけて、身動きできない自分に愕然とする。俺だって、失いたいなんて思ってはいなかったんだ。
かわいそうだね。
―――さよなら。
藍子は身を翻して軽やかに駆けて行った。ならばこの、切実に、そのくせひどく甘く響く名は、いったいどこから。
アキくん。
「永見」
かわいそう。
「永見」
あなたはとてもかわいそう。
藍子。きみには。
「薔薇なんて似合わない」
「永見!」
藍子は言わなかった。薔薇を、とも、純白の百合をとも。
「明帆!」
―――ああ。
俺の名は美しかった。その声に呼ばれて。それが初めてわかった。だからそんな顔するなよと言ったら、お前は憮然とするのだろう。怪訝を作って問おうとする前に、俺はふきだす。
そうでなければ。
「…柏木?」
「あき…! 目」
アキくん。
藍子がほほ笑みを浮かべる。かわいそうだね。裏返して、あたしのこと言ってるんだろうって、思った?
そんなんじゃない。
「おまえ、柏木…」
「かしわぎ、じゃねぇ、どれだけ…ばかやろう!」
美しい声を紡ぎだす不遜な唇が、耐え切れぬようにわなないて拳の向こうへ隠される様を、なんて奇妙なと笑いとばそうと思った。なに、おまえ、そんな風に顔をゆがめて。まるで泣き出しそうに。
アキくん。
引き止めるより先に、俺は諦めたのだ。あの少女を。藍子は決然とわかれを告げた。俺はその意味にも気付かず呆然と彼女を見送り、あの男は縋り付いて、それでも彼女を取り戻すことなどできなかった。
かわいそうに―――って、その意味、わかった?
誰にもできなかったんだ。だから、おまえがそんな顔をすることはない。
「おじさん、永見、目ぇ覚ましたッ!」
悲鳴のようなそんな叫びですら、美しいと思った。福音をもたらす異国の預言者のような、麗しい声。
おまえの語ったことなら、忘れないでいられるような気がする。
「明帆、この」
「ぅわ、おじさん、ちょっと」
「…馬鹿息子が…ッ…!」
もう少しだけ―――。
ほんの少しでいい。この響きに身を任せていたい。
願った瞬間、頬を骨まで抉るような鋭い衝撃。跳ねた体が何かのチューブを引っ掛け、金属の転がる音と、ガラスの割れる音とがノイズになった。何が起こったのか理解しないまま、腕を振り上げて肩を大きく震わせる男と、その腕に必死の形相で取り付く少年とを見ていた。
アキくん。
―――かわいそう、って、ホントに思ってた。思わなくちゃいられないほど、あたしはあなたが好きで、そしてすごく、うらやましかった。
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我洛さんちのぱそこちゃんをお借りして作業していたら、私が悪いのですが、独り言が激しいので(「ちょッ、だかッ、なん…ッ、このクソッ」等)、怒られた。
アタシが悪いんですけど。しくしく。
無事に出来上がったので、ついでに間借りしているフォルダの中のファイルの整理をしていたら感想文らしきものがでてきたので記念に貼っておきます。あさのさんにしてはのびた話であったと思う。それで、オヤジに殴られればいいんだ!と、思ったらしい。
思春期の子どもはちょっと手におえない。
あー。我洛さんちのぱそこちゃんのブラウザは平常だわー。なんでうちのめびうすくんはだめなのかなぁ。このぱそこちゃん、めびうすくんより年寄りらしいのですけども。
うぬぬ。
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