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2005年7月29日 荒鷲ネタメモ
 苛立たしげにコンソールをたたく爪の音が、リッキー・フェンテスを落ち着かない気分にさせていた。居心地悪くてもぞもぞと尻を動かすたび、厳かな筈の空気が揺れる。揺らした自分に動揺して、フェンテスはせわしなく身をひねった。
 静寂が、さざなみだってもっと壊れる。
 おびえと心配を同量含んだ視線が、見習生の身分でありながら着席を許された本来晴れがましい当直士官の椅子から飛んでくるたびに、ニコラス・シーフォートの機嫌はどんどん悪くなった。コンソールに打ち付ける指先は鋭くなって、渇いた音が艦橋にこだまする。おどおどハラハラ見つめられる頻度が、高くなる。
 耐え切れなくなり、シーフォートは叫んだ。
「<ダーラ>! 何時だ?!」
”3分おきに時刻を確かめるのはやめて下さい、サー”
「いけないのか?!」
 その時、コンピュータは確かにため息をついた。
”どうぞ”
 メインスクリーンが明るくなる。ゴシックの巨大な数字が時を刻み出した。時限爆弾みたいだ――フェンテスは思う。
「サー、あの…」
「なんだ」
 ミスタ・シーフォートの視線はレーザーそのものだ、とフェンテスは思った。
「なんでもありません」
「なんでもないならわたしを呼ぶな」
「ソリー・サー」
”もう1分おきに私に時刻を読み上げさせないで下さい、サー”
「正確に時刻を読み上げる以外に、きみがまともにできるような仕事があるのか?」
”あら…”
 コンピュータにしては長い、意味ありげな沈黙の間、『彼女』は何を考えたのだろうかとフェンテスもまた、考えてみる。賢明な女性はそれを口にせず、
”ソリー・サー”
 ただ謝った。幾分か澄ました声で。
 シーフォートの眉間のしわが深くなったのを見て取ったフェンテスは、ごくりと唾を飲み下した。
「サー!」
 レーザービームにひるんではならない。先任士官候補生はいい人だ。もろすッげェ、とは言いがたいものの、不機嫌な艦長に意見を述べて、お尻を鞭打ちの危険にさらすくらいの価値はある筈だった。意外にも。
 ヴァクス・ホルサーはとっつきにくくて気難しくて顔が怖くて筋肉ダルマではあるが、いい人だった。本当はいい人なのだ、と思う。多分。
「ぼく…! …あの、わたしがミスタ・ホルサーを呼んで、あの、きましょう、…か?」
 シーフォートは嫌そうな顔をした。
「早く候補生室へ戻って眠りたいというわけだな、見習生? そうとも」
 スクリーンをちらりと見遣る。
「きみの本来の勤務は24分と57秒35前に終わっている。交代の士官がきちんと時間通りに来ていれば、きみは今、ここに居る必要はない。寝台に転がってゆっくり眠っていられた。女の子の夢を見ながら涎でも垂らしてな」
 フェンテスは顔を赤くして、消え入りそうに身を縮こまらせると、うつむいた。
「ノー・サー、いえ、あの、…イエス・サー」
 シーフォートが鼻を鳴らす。フェンテスのまなじりには、涙が浮かんだ。
「…ぼくは…航法の…復習が必要だから………。今夜、当直明けにマッカンドルーズ機関長が教えてくれると言ったので…あの…」
 舌打ちの音が聞こえて、フェンテスはぎゅっと目を瞑った。いそいで指先で、目元を払う。
「ソリー」
「リッキー、申し訳ない」
「…え?」
 戸惑うフェンテスを見ようともせず、シーフォートは通話機を取り上げた。
「…機関室? 機関長は? …ああ。手が空いているか?いや、空いている筈だ。至急、艦橋まで来てくれ。…そう」
 それだけ言って静かに通話を終えると、怒った顔でフェンテスをにらみ付けた。
「すぐに機関長が来るから、ここで教えてもらえ。コンソールを好きに使ってかまわないから」
「え」
「<ダーラ>」
”サー、時間なら目の前に”
 シーフォートは渋い顔で払い除けるように掌を振りながら、
「うるさい。リッキーを手伝ってやってくれ」
”アイ・アイ、ミスタ・シーフォート”

 機関長がハッチの前で立ち入り許可を求めるまでの間、艦橋には重苦しい沈黙が立ち込めていた。シーフォートは機関長に、
「わたしが戻るまで居てくれ」
と告げると、早足でハッチをくぐった。
「彼は、どうかしたのか? 顔が赤かったが」
 当直士官席に近付いた機関長が、不思議そうに首をかしげる。
「イエス、ノー、ええと」
 フェンテスはまごつく。
「よく、わかりません、サー」
 忍び笑いに二人同時、スクリーンを見上げると、時限爆弾のカウントダウンを思わせた巨大な時計は消えており、弾むような波状の光が踊っていた。
「<ダーラ>、どうかしたのか?」
”艦長が見習生に意地悪をしたんです”
 機関長は奇妙なものでも飲んだように、口元を曲げた。
「…それで?」
”並みの艦長ならそんなこと、気にも留めないでしょう。ミスタ・シーフォートは”
 華やいで浮ついた声に続きを言わせまいとしてか、
「並みの艦長ではない」
 <ダーラ>を遮った塩辛声は、必要以上に断定的だった。
”イエス、機関長”
 気にした風もなく肯定したコンピュータへだろう。機関長は短く息を吐く。
「航法演習プログラムを呼び出してもらってもかまわないかな?」
”もちろんですわ、ミスタ・マッカンドルーズ。喜んで”
「ではリッキー、始めよう」
 肩に置かれた大きな掌に押しとどめられて、フェンテスはそれ以上考えるのをやめた。真剣な面持ちでコンソールへ向き直り、艦長の不可解な赤い顔のことは忘れた。

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ぼやーっとしか考えてないので、タイトルがつけられませんのですが。
ヴァクスが任務をサボる話。
例の祭りに7月中に参加したかったのに果たせなかったので(もう8月末まで身動きとれずなのです)、悔しいので、こっそり名神さんにささげておきたい。
3回くらいで終わらせたいなー。
終わらなかったらどうしよう〜。

あ、ヤブイヌさんの萌え心見たり熱帯夜(字余り)
もっとディープなのを考えればよかったです。自分で答えなくてもいいのなら考えられたのかもと思う。
わーい、ありがと〜vサンキュー・マァムv(嬉しいので記念に呟いておくわたし)

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