立てた片方の膝を抱く。そこへ顎を乗せ、シーフォートはホルサーを見た。ホルサーが何をしようとしているのかくらい、簡単に察せられた。立場を入れ替えただけの、いつかの再現じゃないか。陰険な男だと思った。
 素っ気無く云う。
「ヴァクス、おれはきみとやりあうつもりはない」
「そうか。俺はおまえがどう感じようと気にしない」
 負けないほどの無感動な声で返したホルサーは、上着を丁寧にたたんで足元に置くと、ネクタイに指を引っ掛けて唇を歪めた。嘲笑うようにシーフォートと視線を合わせる。そして加えた。
「ニッキー」
「子どもっぽい挑発には乗らない。おれは絶望しているんだと云っただろうヴァクス」
「そういう云い方はよせと俺は云ったし、おまえにはもう絶望する権利すらないんだぜ」
「…なんだと」
 シーフォートは蹲るような姿勢を止めた。同時にホルサーのシャツからネクタイが引き抜かれた。しばしそれとシーフォートとを見比べ、何故か哀しそうに首を横に振る。ゆっくり近付いて来て、シーフォートの正面に膝をついた。シーフォートはなんとなく身を引いた。怯えているような反射が悔しかった。しかし追い掛けて壁際へ追い詰めるように寄せられたホルサーの厳しい表情に、怯えは決定的な震えとなって背筋を伝う。
「どういう意味だ、ヴァクス」
 声に張った虚勢は鼻先の笑いであしらわれた。――――こういう男ではなかったか、ヴァクス・ホルサーとは。元々。最悪だった出会いからずっと。
 こめかみを嫌な汗が流れ、思わず飲み下した唾は異様なほどの大きさで喉を鳴らした。
「何を怯えているんだ、ニッキー?」
 ほんの鼻先で傾げられたホルサーの顔が、本気で不思議そうだったので、シーフォートはちょっとほっとした。気が緩んで素直になった。
「きみが、おれが考えていたのとは違うことを始めたようだったので…」
「何を期待していたんだ」
 ホルサーは苦笑した。シーフォートは俯いた。
「…おれはきみが指揮をとってくれることを期待していた」
「嘘をつくな。さっきは妬むようなことを云っただろう?」
 頬が赤らむ。ますます俯く。
「それで?」
 頭上でゆっくり声が響く。無防備なうなじに息がかかる。なぶりものにされる獲物になったような気がした。やっぱりこういう男だったと思った。唐突に、襟元から差し入れられた指がシャツのボタンを弾き飛ばし、ネクタイの結び目を引く。引き寄せられて嫌々仰向いた顔に、噛み付かれるかと思った。間近に覗いたホルサーの瞳に明確な怒りを読み取り、わけがわからなくなる。
「おまえの上着が汚れようが、シャツが破れようが、おれはちっとも気にしない。しかし、待ってやってもいい。どうしたいんだ、シーフォート?」
 シーフォートは緩慢に首を振った。
「なんで怒っているんだ、ヴァクス?」
「貴様が怒らせるようなことをするからだ」
「おれが何をした?」
「何もしないでこんな所に座り込んでいるじゃないか」
「…おれは何もしないでいた方がいいんだろう?」
「誰がそんなことを云った」
 シーフォートは恨みがましい目つきでホルサーを睨んだ。
「きみだ」
「………」
 引き寄せる力が弱くなる。シーフォートは諦念に緩んだ微笑で、また首を横に振った。
「そしてそれは正しい。だからおれはきみとやりあう気はないんだヴァクス。さっさと艦橋に行って指揮をとれよ」
「…貴様が俺の云うことをきくのか、シーフォート」
 なんでそんな驚いた顔をするんだと思った。馬鹿馬鹿しくなったシーフォートはぶっきらぼうに云い放った。
「きくさ。なんでも」

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スタート地点は確か、「もしもV氏が<ハイバーニア>で艦長だったら」ではございませんでしたかしら?
わたくしはどの地点で道を間違えたんでしょう。…藁?
多分、近頃、清らかな空気に触れていないので(【注】web荒鷲のキヨラカな空気=Emma艦長と我楽氏)(…え。限定?)どこかおかしくなっているのだと思われます。
…ここは何処なんだろう。うえーん、おかあさぁ〜ん!(迷子)

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